『ザ・クレーター』(手塚治虫)
ザ・クレーター (1) (手塚治虫漫画全集 (218)) (2000) 手塚 治虫 商品詳細を見る |
梶原一騎に代表される劇画人気、青年誌の創刊ラッシュなどの影響で、
人気を得られるマンガの重要な要素として「リアル」が求められるようになった
60年代後期から70年代初期は、手塚治虫の「冬の時代」とかいわれます。
たしかにこの時期の短編などには駄作が比較的多いようにも思われるけれど、
一方で、他の時期には見られないとんでもない作品が多いのも
この「冬の時代」の特徴であるのです。
劇画に対するコンプレックスと、それでも「面白い」マンガが描きたいと思う
御大の葛藤がこれでもかとあらわれている作品の多いこと!
その中でも自信をもって万人におすすめできる作品のひとつがこれです。
基本的に一つ一つのエピソードは独立しているのでショート・ショート集といえます。
SF的な題材のものもあれば民話のような話もあり、バラエティに富んではいますが
全編通じてとにかく奇妙で不可思議な雰囲気に満ちています。
ホラーなのかと思えばひたすらバカバカしいナンセンスコメディもあったりして
そのごった煮感が、「劇画」と「漫画」の間を揺れ動いていた御大の
ちょっとリアル寄りになった画風とマッチして、まぁえらく変なマンガです。
少年誌連載だったこともあり、同時期に同じような形式で青年誌に連載された
『空気の底』よりは楽しげな雰囲気があります。
複数のエピソードで主人公、あるいは狂言回し役を演じる「オクチン」なる
キャラクターも、親しみやすさのある風貌とニックネームで読者との距離を
縮めている感じ。
間もなく御大は『ブラック・ジャック』と『三つ目がとおる』を大ヒットさせて
見事第一線に返り咲くわけですが、その直前期の鬱屈した作品群には
今のマンガは絶対に持っていない個性があります。
もっといろいろ紹介していくつもりですが、まずはこれを読んでほしい。
どうしてもホラーな話が苦手な人以外なら楽しめると思います。
それにしてもこの全集版の表紙イラストは素晴らしいなあ。
私が持っていたのは文庫版なので、早く全集版で買いなおしたいです。