バンブツルテン

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凹んでいる話

書きたいことはいろいろあって下書きはたまっている。んですが、今日も独り言を吐き出させてもらいたいと思います。吐き出したいんだ。

今、少し、だいぶ、凹んでいます。
何があったかというと、取り組んでいるライティング仕事で、書いた原稿がほぼ完全にリテイクになってしまいました。文章のクオリティを上げるためのコツをクライアントからアドバイスされてしまう始末。
要は、「読む」という行為に興味が薄い層でも興味を持って読めるような文章を書くことを求められていて、それができていないことを指摘された格好なんですが、これに結構ショックを受けて、もっといえば傷ついている自分がいることに気づきました。

文章を書くことは苦手ではない、というか、自分にとっては「自然」なことでした。
書くことが好きで得意というよりも、しゃべることが得意じゃない自覚があって、書いた言葉をやりとりするほうが、上手に自分の言いたいことを伝えられる気がするので。
その流れで、ブログやSNSで日記めいた文章を書くのは好きなことになったし、前職では取材したり調べたりしたことについての記事を紙媒体で書くという仕事を3年近くやって、これについては尊敬する先輩にお褒めいただいたりもして、少し自信にもなっていた。

ところが今の仕事で、ウェブ媒体向けの短めの文章を書く依頼をもらって、経歴から文章書くのは得意だろうというので振ってもらったんだが、ふたを開けてみたら全然ダメ、総リテイク、ということでした。
根底からリテイク出された経験が初めてに近くて、情けない申し訳ないと思うと同時に、なにかモヤモヤもしています。

それは、今回求められているような文章を、本当は自分の文章として書きたくないからなのだろうな。たぶん思っていた以上に、自分の(「カタい」と言われがちな)文体みたいなものに愛着があるのだろう。

一方で、今回の仕事は、たしかに「読む」ことに興味が薄い層に向けて書く、ということの意義がすごくあるテーマだと思っていて。やる意義は感じる、でもそれを感情として自分がやりたいとは思えない、というところで引き裂かれるような痛みを味わっている状態です。大げさだけど。

…とはいえ、仕事である以上、そしてあくまで作家でもコラムニストでもなくて「ライター」仕事である以上、割り切ってやるしかないのだということは理解しているので、精いっぱい努力はします。してみます。

ごめんね、私の文章。少し我慢してくれ。クライアントとウェブのユーザーに喜んでもらえるような原稿を書けるように頑張るから。これができるようになればきっと、それも自分の自信のひとつになるはずだから。

吐き出したら少しスッキリしました。
今書きながら気づいたけど、ペンネーム変えればわりと解決するのかもしれないな。