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バンブツルテン

観たり読んだり聴いたり行ったり考えたり

独り言なら書けるんだよなあ。当たり前っちゃ当たり前なのかもしれないが。整理されてなくても普通だもんね。

私は、親に対して感謝という気持ちをあまり持っていません。

というのは、1)子供は自分の意思で生まれてくるのではなく、親になる人間たちの「子供が欲しい」という勝手な欲求の結果として生まれるものであり、2)好きで生んだ子供を、独り立ちできる年齢になるまで一生懸命育てることは、生んだ側の人間の当たり前の義務であると思っているからです。

その当たり前のことが十分にできない親も世の中には大勢いるので、その義務をきちんと果たすことができている親は立派だとは思います。ただ、あくまで「立派である」というだけであり、それに対して子が「感謝」する必要は厳密にはない、というのが持論です。

私は「生きていてよかった」と思ったことはあるけど、「生まれてきてよかった」とは思ったことはない。そして、自分の「生きていてよかった」は、自分がそう感じられるように、楽しい、好きだ、と思えるものと出会えるように行動してきたことで得られている。

もちろん、それをするうえである程度、たとえば金銭的に不自由することがないようにしてくれていたことが立派だとは思うし、そのことに対して「ありがとう」と思うところはあるけど、「生み、育てる」ことについて「してもらった」という気持ちは、正直、ないのです。

みんなが持っているらしい「生んでくれてありがとう」「育ててくれてありがとう」という感情ってどういうメカニズムで発生しているのか、不思議でしかたがないんだよなあ、という話。

今日という日にこういうことを書くと人非人と思われそうだが今日書くことに特に意味はなくて、たまたま常々思っていたことを書いておいてみたくなったので書きました。まあいつ書いても人非人と思われそうな内容だけども。

ちなみに、いま現在親との関係は特に悪くはないです。母親と人間としての相性が良くないとは思ってるけど、まあまあ普通の親子として接してると思います。

それではまた。チキンなのでそのうち消すかも。あと将来考え方が変わったら消すかも。