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バンブツルテン

観たり読んだり聴いたり行ったり考えたり

2017/3/12(日)筋肉少女帯「猫のテブクロ」完全再現+11(大阪版)LIVE@大阪BIGCAT

ライブのこと

ライブなどの感想の書き方を模索中なのですが、とりあえず。
「猫のテブクロ」完全再現+11LIVE(大阪版)に行ってきたら最高だったので、とにかく書き殴ります。長い。

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OPSEは「混ぜるな危険」
自前の音源がSEということはこれも映像作品になるのかな~と思いつつ
(そろそろ椅子みたいにSE用の曲とか作ってもいいかもしれんな)
ステージに登場するメンバーを拍手と歓声で迎え…と、
橘高さんの髪の、色が! 
その時わたしは悟ったのでした、この夜が完全に特別な一夜になることを。

「サンフランシスコ」カーネーション・リインカネーション」
まずはワーーーーッと盛り上げに来る感じ、と理解。

オーケン「今日はいろいろみんなに報告することがあるぜ! うれしい報告がよぉ!
この間発売になった! えーブルーレイ?DVD? 橘高さんアレの商品名なんだっけ?
『再結成10周年パーフェクトベストTOUR FINAL 六本木!』が! タワレコさんのデイリー映像チャートで、何位になったと思う? なんと! 1位になったぜーーー!」
「デイリーとはいえ、1位だぜ! あなたがた、筋肉少女帯のファン人生の中でこんなことあった!? あの~~~今日はフェスとかじゃないから、ほかのバンドのお客さんとかいないから隠さなくていいよ! 俺たちはなあ! みなさんが思っている以上に! 喜んでいるぜーーー!!」
ひとしきり喜び踊るメンバーのみなさん。かわいい。

愉快な賑々しいMCを挟んでから始まるのは、ちょっと久々「みんなの歌」そしてこれもショウマスのちょっと久々曲吉原炎上

すっかりいつもの通常営業の楽しい筋少ライブなテンションになってるところにぶっこまれてきたのは橘高さん歌唱コーナー。
これこそが、ここから始まる特別な一夜のトリガーとなった1曲でした。
「それじゃあ1曲、歌わせてもらおうかな! OK大阪ァ! 頭振れますかァ!!」
\イエーーーイ!/に応じて始まったのは、始まったのは…
『罪の意識で眠れないのかい? 踊れ踊れ! サルになってGO! GO GO!』
まさかまさかの「俺の罪(橘高Vo.ver)」!!
愉快すぎて爆笑してしまう。
いつもならばうっちー(か、オーケン)の歌う「おいらの自慢の~」パートも、
うっちーが歌う…と見せかけておいちゃんが歌う、という細かいネタも!

もう完全にたのしーい気持ちになってしまったところで、「あのぉ、完全再現っていってもね、YESじゃないですから(笑)。ふつうーに、盛り上がってくださいねぇ」というオーケンの気取らない一言から、「猫のテブクロ再現」コーナーへ…。

ほんの一瞬の音のひらめき「星と黒ネコ」、そして、その幻想的なキラキラを覆うのは、オーケン自らの「これで、いいのだー!」の叫び。
掲げられる拡声器、重たいイントロを劈くカッティング、ライブじゃド定番の「これでいいのだ」も、こう演奏されると趣向が違ってきます。
どうなるかと思われた、キーボード+語りによる間奏部分も見事に再現され、そして続くのはなにやらインドな香りのするイントロSE…
「日本を印度に!」\しーてしまえ!/
もう何百回と聴いてきた「日本印度化計画」も今日は違って聞こえるよ!
「ハヤシもあるでよー!!」の叫びで〆られ、そしてそして始まる「星の夜のボート」で、われわれはさらなる幻想世界へ連れていかれました。
オーケン、キー高くてちょっと苦しそうだったな。

レコードでいうならA面、のここまででいったんMC。
今回の再現ライブにそなえてアルバムを聞き直したんです。
テロリズムの歌からちょっと泣かせて、また不条理な感じに行き、最後にまた泣かせて終わる…
この歌詞を書いた人間は天才だね!と笑いをとるオーケン
でも、改めて聴くともう本当にまったくもってその通りで、それは本当に、ほかの何者にも到達できない感覚と才能の世界だなあと思った。

そして「猫テ」コーナー後半戦へ。
「次の曲…ああ~、これで声入れてくれた子供とか今どうしてるんだろう?ねえエディ?」という振りからの…
『先生、遠足に行っている間に…』
「Picnic at Fire Mountain ~Dream on James, You're Winning~」
そしてはじけるニコニコ空間、
「Go! Go! Go! Hiking Bus~Casino Royale~,~The Longest Day~」

ハイキングバス、わたし初めてだったかなあ、生で聴いたの。
C.C.Lemonホールだった頃の渋公での初期曲ライブの映像の印象が強かった曲。
ハイキングに参加する子供たちの気持ちで\ヤーーーーー ヤーーーーー/しつつ、やがてモヤモヤと宙に霧散する子供たちの声、口笛(オーケンがエア口笛していた)、そして、もちろん、そのまま雪崩れ込む、「最期の遠足」

筋少の曲の中でも、かなり最初の頃に好きになった曲だったなあ。
パノラマ武道館の映像、繰り返し繰り返し見たっけなあ。
楽曲の緊張感に固唾を呑みつつ想いを馳せました。
この曲も生で聴くのは初めてじゃない、のに、前に聴いた時とは、全然抱く感覚が違う。

そして、「月とテブクロ」で物語はしめくくりへ。
静かで、悲しくて、寂しくて、怖くて、不安で、美しい世界に吞み込まれた。
ふたつのギターで表現された、不穏で寂しくて切なそうな黒ネコの泣き声がいつまでも耳に残った。

やりきった、とでもいうような、満足げな、肩の力が抜けるような雰囲気とともに、「猫テ」再現コーナーが終わりました。
ふにゃりと笑いながら白手袋を口で取るオーケンがキュートだった。

ここからは得意の「通常営業」筋肉少女帯
北の国からアイツがやってきた!の「イワンのばか」
オーケンのポリープ手術を経て特別な1曲になった「週替わりの奇跡の神話」
そしてちょっと意外な「くるくる少女」というややメタルハラスメント(笑・歓迎です!)な流れからの、
まさかの「労働者M」で本編終了。鬼か!w

そしてアンコール。
こともなげに始まったのは、「リルカの葬列」

その曲が始まったと気づいた瞬間に、内臓を鷲掴みにされたみたいにすくみ上がってしまった。
リルカをライブで聴いているという事実が、ウソみたいだった。

ファンは共有している感覚かと思いますが、「リルカの葬列」は、オーケンがちょっと調子を崩す(直前かな)時期のシングル。
たぶん、あまり思い出したくない頃なのだったろう。
そういう、おそらくつらい記憶がまとわりついているであろう楽曲はオーケンはライブであまりやらないし、今のニコニコなオーケンが、筋少がなによりも大事なものなので、封印されても致し方なしと思っていた。
それが2017年の今ライブで聴けているなんて本当にウソみたいだと思った。

気がついたら自分でもびっくりするぐらい泣いてしまってました。
筋少のライブでこんなに泣いたの久々な気がした。
今思えばリルカをやるかもっていう情報は入っていたし、開演前にも思い出していた。にもかかわらずすごくびっくりしたのは、それだけ、ここまでの展開に驚かされ、心が振り回されすぎて、余分なことを考える余地がなかったんだな。


センチメンタルな感情を払拭するような安心のド定番「釈迦」
EDSE「SIGN」にて、この特別な一夜には、幕が下りました。

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改めて振り返ってみると、
+11パートの内容は「ド定番+サプライズ」、という、
もう、なんか、サービス精神のバケモノかよみたいな構成のライブでしたね。
満足度が高いなんてものじゃない。
最高でした。最高すぎました。

今回のライブ、いろいろなことを考えたんですが、ひとつ大きかったのが、「オーケン筋少も超すごい」という当たり前の事実の再確認。

筋少についての言説で「大槻ケンヂの持つ独特の文学的な世界観が云々」みたいなやつが、ちょっとあんまり、好きじゃないなあと思うことがありました。
オーケンの書く歌詞世界はもちろん筋少の大きな魅力の一つではある、けれど、なにか、その言い方って、楽曲や演奏の前に「歌詞」で話が終わってしまう感じがして、筋少はそれだけじゃないのになあ、って。

でも、少なくともかつての筋少は、間違いなく、大前提に「大槻ケンヂの独特の文学的な世界観」があった。
そしてそれは、あの超絶技巧異種格闘技的なバンドのスタイルであってこそ表現し得たのだ、ということを、理解せざるを得ませんでした。
あのねえ、やっぱりオーケンすごいし、メンバーもすごい。
知ってたけど改めて思い知った。

そんで、筋少ってこの方向を突き詰めていって、完全にシアトリカルなバンドになる道もきっとあったはずだろうにそれをせず「ゴージャス・エンタテインメント・ハードロック」の方へと進み、その要素も、文学的・劇場的要素と同時に、とても大切にしているというのが、筋少がオンリーワンになった所以なのだろうなー。

あと、「猫テ」コーナー終了時にオーケンも言っていた「なんかー、いろいろ、思い出すねえっ!」という感じに引っ張られたのかもわからないが、見ている間、映像でしか知らない、あの頃のオーケンの姿が、すごくオーバーラップしました。
儚かった、妖艶だった、森に棲んでいるという噂だった?頃のオーケン
それは、筋少の存在を知り、ネット上で情報を集め、音源や映像作品を猛烈な勢いで手元に揃え始めた頃の、今から10年くらい前の私が、むさぼるように見ていた「at 武道館」の映像だったと思います。

at 武道館 [DVD]

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 コミュ障こじらせて、就職活動に失敗して、先が見えなくて、苦しかった頃の自分が夢中になった対象。
10年くらい経って今、健康的なニコニコおじさんたちになった筋少ちゃんが、同じように、いや、おそらくうんと円熟した技術で、それらの曲を演奏している。
「不変のもの」と、「変わったもの」と、その両方のあることの素晴らしさを実感した。

あとあと、かつての筋少の音楽って、猛烈に「さびしさ」に寄り添っていたのではないかな、ということを、猫テ曲、そして「リルカ」で実感したりもした。
私はよく再結成後の筋少ちゃんを「健康的」と表現するのだけど、それはきっと、あの「さびしさ」が、何らかの形で満たされたり解消されたりやり過ごされたりした結果なのかもしれない。

脳がいろいろと忙しすぎて、考えたことをアウトプットしておかなければ思考回路がショートしてしんでしまうと思ったので、とりあえずブログに書きました。
万が一、これを読んでいる人で大阪に行ってなくて東京行くか迷ってる人いたら行ったほうがいい、絶対!
そしてこの企画、ぜひ継続的なものになってほしい!

https://www.instagram.com/p/BRibmdCg03T/

複数上げられるようになったのでやってみつつ… 「猫のテブクロ」完全再現+11ツアー初日、猫テパートも+11パートも素晴らしすぎて胸が詰まった。今日のライブを見られて本当に良かった、です。あー。言葉にならん

WE ARE X

映画・演劇のこと

X JAPANYOSHIKIの今と軌跡を追ったドキュメンタリー映画「We Are X」を観てきました。ので、感想を書きます。
書きたいと思ったことをどんどん書いていきたい。

wearexfilm.jp

映画は、X JAPANの2014年のMADISON SQUARE GARDENでのライブを核として、そこに至るバンドの日々を追いながら、過去の映像、メンバーや周辺の人々、海外ミュージシャンなどへのインタビューでバンド(と、YOSHIKI)のこれまでの軌跡を振り返る、という構成。

私はXが社会現象になっていたころといえば物心つくかつかないかといった年齢で、hideの死のニュースをワイドショーで見たことはうっすらと覚えている、という程度。
ただ、職業:筋肉少女帯ファンでありたい身として、正史としての元祖ヴィジュアル系であるXについては、きちんと知っておきたいと思っていました。
ので、「日本のバンド史を塗り替えたXというバンドについて知ろう」みたいな姿勢で観に行ったわけですが…
蓋を開けたら、学ぶとか悠長なことを言っている場合では全然なかったです。
(学べましたけどね、もちろん)

■ドラマよりもドラマなバンド・ヒストリー

映画は生々しいバンドの「今」と「過去」を映し、語っていきます。

YOSHIKIとぶつかり合い続けた末に、「ルールを破った」ことへの報いとしてクビを告げられたTAIJI
映画に登場するすべての人が言葉を尽くして、どれだけ人として、ミュージシャンとして魅力的な人物であったかを語るhide。

そしてもちろん盟友・ToshI。
アメリカでラジオ番組?に出演した際にYOSHIKIは聞かれる。
「バンドが解散した理由は音楽的なこと? 人間関係?」
それに対して彼はシンプルに答えていた。「メンバーが洗脳された」と。

ToshIが戻ってきた時のことをYOSHIKIはこう語り、声を詰まらせる。
「バンドの再結成よりも、友達が戻ってきてくれたことが嬉しかった」

今のYOSHIKIとToshIが何気ない思い出話に花を咲かせている一コマで、
私は嗚咽するほど泣いてしまったよ。

バンドに夢中になる理由っていくつかあると思うわけですが、
メンバー間の絆という、ドラマよりもドラマみたいな要素にグッとくるというのは
その中の非常に大きな一つであって、Xの場合はやっぱりそこがもう本当に、フィクションよりも劇的なんだなあと思った。
こんな物語、ウソじゃ作れない。

■バンドとファンの物語は普遍の

若い頃、X JAPANが社会現象となっていた頃。
YOSHIKIはステージの上で倒れ、気を失い、スタッフに運び出される…そういうライブを繰り返した。
観客はそれを一種のショウとして眺め、興奮していたけれど、まさにその瞬間に生命の危機だったということも何度もあった、と、周囲の人が語ります。

今、映画の中で、繰り返しYOSHIKIは診察や注射やストレッチ指導を受けます。
首、手首、肩…自身の肉体を酷使する長年のプレイスタイルが、その全身を蝕んでいるであろうことは想像に難くない。
でも、その、積み重ねてきた痛みこそをエネルギーにして、さらに外へ、上へ向かおうとしている彼の姿勢になんだか胸を撃たれました。

かつての彼は、どこかで「どうなってもいい」と思っていたかもしれない。
それが「どうなってもよくはない」になったのは、たぶん、彼の語る通り、「運命共同体」であるところの、ファンのためなんだろうな、と素直に思う。

そして、私はこれに似た物語をいくつか知っていると思いました。
解散、活動休止、メンバーの心身の不調、あまつさえ死。
そういういろいろを乗り越えたり、あるいは抱えたままであっても、
自分たちと自分たちの音楽を、人生におけるかけがえのないものとしている「ファン」という存在のために、先に進んでいく人たちの物語。

どうしてもやっぱり筋少の話をするわけですが、
われらが筋少ちゃんのメンバーたちも、YOSHIKIと同じように、
「ファンのみなさんのおかげです」という言葉を口にする。
双方お互いにとって、何物にも代えがたい存在であるという、双方向に矢印が向き合う関係性は、美しくて尊くて、普遍のものなんだなあと。

バンドという存在に自身の人生を仮託したことがある人ならば誰しも、
彼らの物語に揺さぶられないはずはないと思うのです。

We Are X、とってもおすすめだぞ!


ところで、最後に少し余談を。
20年以上前、私の年の離れた兄が、X JAPANのCDを持っていました。
彼はとても音楽が好きな人ですが、HR/HMはほとんど聴きません。
その彼が多感な頃にXに惹かれていた理由は何だろうか。
私は、それはYOSHIKIの生い立ちにもしかしたらかかわるのかもしれないなと思った。

喘息持ちで、長い入院生活を強いられていたらしいYOSHIKI
兄も同じでした。病気がちで、入退院を繰り返し、そして喘息持ちでもありました。
そのころに、そんなYOSHIKIの子供時代のエピソードがメディアに出ていたのか、
そして兄がそれに触れていたのかはわかりません。
でも、彼のその後の音楽の好みとは正直、似ても似つかないと言ってさしつかえないようなXとYOSHIKIの存在が、彼の音楽の原体験にあった理由は、
ひょっとしたらYOSHIKIへの共鳴、憧れ、そんなものがあったのかもしれないな。

 

今年もすでに良い映画をたくさん観られていてとても嬉しいです。ガンガンいこうぜ

人生の終わりごろにどんな自分になっていたいか

日常のこと

今日も独り言をつぶやきます。

昨年1年間、いわゆるこんかつというやつをしていました。30になった瞬間に本能の叫び声が聞こえたのですな。

毎週末のようにはじめまして、の異性と会い、そのうち8割の人からは即日「ないわー」と判断され、残る2割の人とも結局、実を結ぶことにはなりませんでした。

消耗して疲弊して、活動を継続するかを迷っていた折に思い切るきっかけになったのは、毎週見ているドキュメント某時間なるテレビ番組に映った、ある女性。50代くらいだったか。

大病をして、ひとりで入院してひとりで退院して、歩くのもしんどい。でも杖を持つと大仰に見えて恥ずかしいので、杖がわりにスーツケースを転がし歩くの。「ちょっとそこまで」という体で。そんな話を明るく静かにあっけらかんとしていた。

その姿をいいなあ、と思ってしまったのでした。他人の生き方に、こんな風でありたい、と初めてはっきり思ったような気がした。

私はけっこんしたいというより「一人前になりたい」と思っていたのだろう。そして、自分の思う「一人前」の理想のひとつは、あんなふうに軽やかにひとりで自分の人生に責任を持てる生き方だったのかもしれない。

彼女の人生のほんの一瞬しか私は見ていないけれど、そんなのが何かのきっかけになることもある。

この話の結論は、ひとりでてめえの面倒を見られる、静かに楽しくあっけらかんと生きられる大人をまずは目指そうと思いましたということと、いつどこで出会うものが転機になるかわからない、ということです。

それではまた。

仕事とプライベートとSNSと

日常のこと

独り言です。

SNSなるものを楽しむようになって10年ほどになるかと思いますが、その間、人間関係に関して、リアル/ネットの線引きはわりかし曖昧でしたが、仕事/プライベートの線引きはわりかしハッキリさせてきていました。

しかしこのたび転職することで、そのあたりが揺らいでおります。趣味で携わってきたことに仕事で関わっていくにあたり、SNSでの交流と仕事が直結するような環境になりました。意識改革を迫られているなあと感じる。

そういう仕事のしかたを選ぶ以上、そこで抗ってもしかたがないのかもしれないな。複数の自分を使い分けるような生き方から、大きなひとつの自分に統合していくようなことを考えたほうが、ゆくゆくは楽しくてラクなのかもしれない。

ただ、このブログはプライベートな、趣味の空間のままにしておきたいなあと思っています。ひとつくらいそういう場を残したい。

独り言でした。それではまた。

2017/2/12(日)内田雄一郎「SWITCHED ON KING-SHOW」発売記念イベント@TOWER RECORDS 錦糸町店

ライブのこと
SWITCHED ON KING-SHOW

SWITCHED ON KING-SHOW

 

我らが筋少(や、その他いろいろなバンド)のベーシスト・うっちーが、初のソロアルバムをリリース。内容はなんとテクノ!
その発売記念インストアイベントが、スタッフさんの熱意がファンの間では有名な、タワレコ錦糸町店さんで催されることに!
めでてえな、ということで、久しぶりに錦糸町まで出かけてまいりました。

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「トーク&ミニライブ&サイン会」と銘打たれていたものの、演奏は行われず、袖の三浦社長をアシスタント係として、ほぼうっちーが1人でトークを展開する形。
「今日は、アルバムをすでに、買ってくれた人が来てくれていると、いうことで。ありがとうございます」
「このアルバムには、たくさんの、元ネタみたいなものがあるので…これの、ネタばらしみたいなことを、やったら、面白いんじゃないかと思いまして。実験的に、やってみようと思います。…実験的なので、行きあたりばったりに」
「準備をギリギリまでやっていたら、遅刻してしまいました。すみません」
どこまでもマイペースなうっちーながら、さすがに演奏もせずにステージに30分間1人という状況に、ちょっと緊張しているというか、テンパっているというか、そんな感じがありつつイベントスタート。


■ジャケットについて

これはウェンディ・カルロスの「SWITCHED ON BACH」というアルバムのパクリをやろうとした(けど、うまくいかなかった)。

Switched on Bach

Switched on Bach

 

「SWITCHED ON BACH」はシンセでバッハの曲をカバーしたアルバムで、シンセサイザー音楽の歴史に残る作品。1968年と、かなり早い時期に発売になっている。
(なお話を聞きながら、ジョージが「電子音楽の世界」を個人作品として作ったり、「ヒア・カムズ・ザ・サン」のレコーディングにシンセを持ち込んだのが1969年だなあ、と、ビートルズ筋少よく比べるマンは思っていた)

ウェンディ・カルロス氏は後に性転換をして女性になっており、このジャケットの男性=カルロス氏だと思っていたうっちーは「あのバッハのおじさんが…」とたいへん驚いたが、このジャケットの人はカルロス氏ではなく単なるバッハ役の人であったとのこと。(このへん、ニュアンスが正確に把握できず)

そして、このバッハシリーズ第2弾のアルバムジャケットでは、バッハおじさんはなんと宇宙に行っている。

Switched on Bach 2

Switched on Bach 2

 

(たぶんこれだろう)
だから、セカンドではこっちもジャケットを宇宙にしよう!とのことです。


■「イワンのばか」について

「この人の曲です」とタブレットに表示した写真は、自伝を上梓したてのワジーこと和嶋慎治氏(笑)。「間違えた!」と言いつつ、エフェクター本の宣伝をしてあげるというひとネタを挟んで、無事にふーみんの写真が表示される。

フェードインで入ってくる曲というのはいろいろあって。
例えば、E.L&Pの「タルカス」。そして、イエスの「危機」。
この2曲のイントロの感じを混ぜたらどうなるか?というところからの発想。
(それぞれのジャケットを見せつつ、「どちらもどこか(店内)で売っていると思うので…とさらに宣伝を挟む律儀さ)

Tarkus

Tarkus

 
危機

危機

 

 ここで実際に、この2曲を同時再生してみていました。
「僕はこれ、30分くらい聴いていたいんですが」といううっちー。おお…なるほどわからん…

「♪3年殺しを…」部分の元ネタは、クラフトワーク

Mix

Mix

 

これかな?

ある時、このアルバムを聴いていたら、不意に「3年殺しを…」のリズムにハマると思い、「こりゃーおもしれーや」ということで当てはめてみたとのこと。なるほどわからん(2度目)

台詞の部分は、ロシア語に翻訳してしゃべらせた音声を使っているが、「イワンのバカ」と「イワンの馬鹿」で、それぞれ翻訳アプリを通すと語順が逆になってしまうということにTDの段階で気づき、あわてて差し替えたのだそうな。
それにしてもうっちー翻訳アプリ好きだなあ。

■「サンフランシスコ」について

冒頭の「さようならさようなら…」部分の台詞は、いろんな速度に加工した音声を重ねている。3番目がいい感じに訛ったイントネーションでお気に入り。
寺山修司と名付けた」。これはなんとなく言わんとすることはわかる。

■「カーネーション・リインカネーション」について

シュゴオオオオオみたいな音は、さぞ高級なシンセを駆使して作った音であろうと思いきや、単に「シュゴオオオ」っていう息を吹き込んだものを加工している。

ジャケットとイワンでだいぶ時間が割かれ、残りは簡単に小ネタ披露のみでした。

そんな感じで、音ネタ芸人のネタ見せみたいなトークイベントは終了。
マイケル風の衣装は早々に脱がれ、パーカー+マスク+なぜか裸眼、というスタイルでサイン会が行われ、最後に写真撮影をして、イベントすべて終了となりました。

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おもしろかった。
短時間のインストアイベントでも、適当なおしゃべりでお茶を濁すのではなく(それが不得手ということもあるのだろうけど)、わざわざ面白いことをやろうと試みてくれる姿勢に、真面目かつ面白いことが好きなうっちーの性格を垣間見た気がしました。

あと、私は今日会場で初めて音源を聴いたのですが、「内田くんには筋少の曲がこう聞こえているのかと思うと恐怖を覚える」やら「狂気を感じる」といった、ミュージシャン仲間たちの感想が非常に腑に落ちました。
それから聴く前に読んだJUNGLE☆LIFEのインタビューで語られていることもよくわかった。「星の夜のボート」の「ドアーズ・ギャグ」っぷり、笑いました。私もそんなに詳しいわけじゃないけれども、あ、ああ~~~っ!てなった笑。

全体として、たしかになんとなく間抜け、なんとなくチープ、でもその感じが聴きやすいというか、大仰な感じがなくて良い。

今回は最初ということもあり筋少のカバーという形をとったけど、水戸さんとやっているユニットのほうでリリースがあるかもしれない、という発言などもあり、次回作にも意欲的な様子でした。
個人的には、それもいいけど、完全オリジナルトラックでのアルバムというのも聴いてみたいなあとも思った。ちょっと怖いけど。

「こういうことが面白いと思ってしまっている、そんなお年頃なので、よろしくお願いします」という言葉が印象に残りました。いくつになっても面白いことを見失わない、発見し続ける、そんな人間でありたい。私も。

2017/2/6(月) 大槻ケンヂBIRTHDAY LIVE! これからはこんな音楽もやっていきたいな。@吉祥寺Star Pine's Cafe

ライブのこと

文章を書く頻度&量のトレーニングをしたく、手始めにブログの更新頻度を上げようキャンペーン。とにかく書く、というのを当面の目標に、手短に。

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オーケンのお誕生日ライブといえば、一昨年まではのほほん学校が定番。
昨年は特撮のライブ(に、筋少がゲスト出演)だった。
そして今年は、大槻ケンヂ20thバンドならぬ51thバンドでのステージ。
場所も久々のスタパということで、ちょっと大人な51歳記念ライブでした。

1曲目は「揉み毬」。個人的に、なぜか今日きっとやるだろうなあと思っていた曲だったので妙な安心感があった。MCを挟みつつ、電車セッションなどで以前からおなじみの「ほうろう」とともに披露された小坂忠さんの楽曲「しらけちまうぜ」、そしてかまやつひろしさんの「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」。「ゴロワーズ~」はオーケンが歌っていると知ってから聴きたいなーと思ってたので、ようやく聴けて嬉しい。好きな曲。

「僕は今51で、なんとかかんとか生きていますけれども、亡くなってしまった友達というのもいて。池の上陽水という、井上陽水じゃないですよ(笑)。素晴らしいミュージシャンがいて、僕の小学校の同級生だったんですけど」という紹介からの「SIGN」「よろこびとカラスミ」。

そして、メンバーからのお祝いということでエディのソロと竜ちゃんの歌う「Sweets」、ここからは怒涛の特撮ナンバー攻勢でした。

本家特撮の演奏でも、メンバーがキャリアを重ねて円熟していくにしたがい、どんどん深く深く進化していくような印象を持っていた「企画物AVの女」。このメンバーだとさらにもう一段階深いというのか、でも重いというのとも違って、なんというか…とにかくリッチでゴージャス。各パートのソロもたっぷり堪能した。
ラストは「テレパシー」、大盛り上がりで本編終了。

アンコールは長谷川さんによる圧巻の「お祝いドラムソロ」から。もう本当に、その場にいるだけで体温が上がるようなプレイに圧倒された。

そして「僕は人の気持ちがわからないタイプの人間のようです」「人の心がわからない人間は、こんなに美しい詩を書くのだ、という曲です」というMCからの「Guru」でオーラス。

3時間弱、いつものバカMCも挟みつつの、ゆったりとしたぜいたくな時間でした。

個人的に興味深かったのが、「精神はまだ15歳くらいのままなのに、身体は40代というギャップに40代のうちは悩んだ。でも、50を過ぎて老いが目に見えて感じられるようになったら、どうでもよくなった」というオーケンの話。
自分も身体は三十路ながら本当に、びっくりするくらい子供な部分があって、それに日々頭を悩ませているものだから。
今のオーケンがそうなっているように、無理をせず、カッコつけすぎず、自然体で楽しく生きていける大人になりたいな。

それにつけても、こんなに素敵な音楽たちを、それに触れられる場所があることを教えてくれたオーケンには本当に、今さらながら、感謝してもしきれない。
人の心がわからないと嘯く51歳のオーケンは、けれど、今日のステージの上でとっても嬉しそうな顔をしていたと思った。

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【セットリスト】

揉み毬

しらけちまうぜ
ほうろう

ゴロワーズを吸ったことがあるかい
SIGN
よろこびとカラスミ

AKEBONO
A Sleeping Dog
Sweets

地獄があふれて僕らが歩く
ゼルダフィッツジェラルド
企画物AVの女
テレパシー

En.
Drums Solo
rain

Guru

2016年を振り返る~マンガ編

マンガのこと

やるべきことはたくさんあるんだが、そのいろいろの前にやりたいことをさせてもらおう、ということで、2016年振り返りマンガ編。
一応ここまではやらないと、自分の中で年が明けた感じがしない。

今年も、#俺マン2016で挙げた作品を中心に。

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・『人間仮免中つづき』(卯月妙子

 衝撃の自伝的作品『人間仮免中』から数年。

当時、各種ランキング等で「体調が思わしくない」というようなことが多数コメントとして出ていたと記憶していたので(そして、どう考えても、快方に向かうような生活ではないのではないだろうか…? と、素人考えながら思っていたので)、この本が世に出るというだけでとても驚いてしまった。本当に店頭に並ぶのか…? とすら思っていた。
実際に店頭にあるのを確認して、手に取って、レジに持って行って(後述の永田カビさんの新刊と一緒に買った)、カフェでコーヒーを飲みながらゆっくり読んだ。

正直なところ、作者の生活は、病気との闘いという観点からは〇をあげられるものではないのではないかなあ、という気がしていました。
けれど、そういう次元ではなく、「生きていく」「最後の一瞬まで自分らしく生きる」ということを、この人は必死で実践しているんだなあ、ということを、この1冊を読んだことで強く感じたと同時に、自分の浅はかな感想を恥ずかしく思ったり。

www.news-postseven.com

 どうぞ、ふたり仲良く、お元気で。

 

・『雪の下のクオリア』(紀伊カンナ)

雪の下のクオリア (H&C Comics CRAFTシリーズ)

雪の下のクオリア (H&C Comics CRAFTシリーズ)

 

後述の『コオリオニ』もそうですが、昨年は商業BL作品に手を伸ばす機会が増えた年になりました。

紀伊カンナさんはアニメーター出身とのことで、美しい画づくりの元はそこにあったのか…と納得。ただただ切ないほどに美しく優しい少年たちの世界は、誰にも似ていなくて、ずっと浸っていたくなる。

「エトランゼ」シリーズと迷いましたが、単刊完結ということでおすすめしやすいこちらをチョイス。物語としての締め方まで含めてとても美しかった…。 ところで紀伊カンナさん、最近はフィールヤングでも描かれてるんですね。onBLUE→フィールヤングのラインつよいな…

 

・『さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ』(永田カビ)

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ

 

pixiv→Twitterで話題になってすぐに書籍化が発表されてた気がする。

最近はもう、ネットで話題になる作品は早押しクイズかよくらいの感じで版元さんが目を光らせているよなあ。
書籍化に際し、いかにもコミックエッセイ風なタイトルになったのが興味深かった。
このタイトルで敬遠したという声も聞いたけど、コアなマンガファンよりパイの大きいコミックエッセイ読者に届けるために、これはひとつの正解だったんだろうなあ。

いびつな親子関係、そこに端を発するいびつな自分自身をどうにかしたい作者=主人公が、人とのふれあいを求めながら自分を見つめなおす話。
心にいびつなものを抱えている、他のみんなみたいに上手に生きられていないと感じる人に響く内容もさることながら、ピンクを基調にしたかわいい画面、ザッと描かれているように見えるのにかわいらしく親しみやすい画風、ほぼ全編ページ4段組の均一なコマ割り(なのに見飽きない。『マスタード・チョコレート』とかに通じるフォーマット感かもしれない)とか、見るべきところがいっぱいある作品だと思います。

作者のその後の状況と心の動きを描いた『一人交換日記』も、苦しくなる1冊でした。

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

一人交換日記 (ビッグコミックススペシャル)

 

 

・『終電ちゃん』(藤本正二)

終電ちゃん(1) (モーニング KC)

終電ちゃん(1) (モーニング KC)

 

「終電ちゃん」は、“終電”が擬人化されたような、“終電”の妖精のような、はっきりと説明はしづらいが、そんな存在。路線ごとに存在する“終電ちゃん”たちは、乗り遅れそうな人々を一人残らず終電に乗せ、きちんと家へ帰すことが使命。

終電に乗らざるを得なくなった人、乗れなかった人、いろんな人間たちの事情と、それに“終電ちゃん”たちがそっと寄り添う様を描いた作品です。

終電の時間を気にする習慣のある職場環境にある、すべての人におすすめです。
どんな終電にも“終電ちゃん”がいるのだと考えると、なんだかふっと心が温まる。

関係ないけど、終電といえば谷山浩子さんの「終電座」という楽曲が好きです。

 

・『昭和元禄落語心中』(雲田はるこ

よくぞ描き切ってくださった。祝完結、ということで。

老いて弱っていく八雲師匠と、八雲師匠に見えている世界の悲しさと恐ろしさと美しさの描写が圧巻だったのはもちろんのこと、ヨタ、小夏、松田さん…師匠を取り巻くたくさんの人たちの行く末を見届けられてうれしかった。
信之助の父親は誰なのかという点、私、うかつにも、これまで読んでいてあまり気にしたことがなかったなあ。そのへんを含みつつ振り返ると、また全然違った感想が出てきそう。

絶賛第2期放送中のアニメもとっても素晴らしい。超ハイレベルなプロの仕事のぶつかり合い。円盤欲しくなっちゃうなー。しかしアニメの円盤って高いのね…。

 

・『コオリオニ』(梶本レイカ)

コオリオニ(上) (BABYコミックス)

コオリオニ(上) (BABYコミックス)

 

実際にあった事件をモチーフにした、刑事とヤクザのハードBL。通り一遍の説明をするならばそんな感じになるこの作品が、俺マンランキングではまさかの1位。

私は2年前の『高3限定』で初めて梶本さんを知ったんですが、感性のまま描かれていた感の強かったあの作品と比較すると、かなり抑えたというか、論理に寄ったというか、読みやすい作品だと感じました。
全然悪いことではなくて、それだけの力量のある作家さんだったんだなあということを確認できた気がした。

…とか理屈を並べてますが、読んだ直後は「ふわーーーーーすげーーーーー」しか言えなくなる程度には度肝を抜かれました。
キツめのBL描写とバイオレンス描写に抵抗があるとちょっと厳しいかもしれませんが、「あんまり得意じゃない」程度であれば読むべし、です。
ミステリー、サスペンス、クライムアクション……そういうジャンルで、これだけのものを描ける作家さんって何人もいないだろうと思う。

この作品のあと、一度は商業活動を辞めることを考えられたよう。ですが、現在は「ゴーゴーバンチ」で新作を連載中。この才能をマンガ界がみすみす失うことにならず、本当に良かった。

 

・『はてなデパート』(谷和野)

はてなデパート (フラワーコミックスアルファ)

はてなデパート (フラワーコミックスアルファ)

 

谷和野さんは3年連続で俺マン入り。この作品ははじめての連作ですが、構成がとても巧みでした。
変わらない、優しくて暖かくて少し不思議な世界観にじーんとする。
百貨店という容れ物が持つ力って、とても大きかったんだろうなあ。

 

・『HUMANITAS -ヒューマニタス-』(山本亜季)

HUMANITAS ヒューマニタス (ビッグコミックス)

HUMANITAS ヒューマニタス (ビッグコミックス)

 

これはTwitterでおすすめの声を見て読んだ作品。
派手ではないけれど、数奇な生き方をせざるを得なかった人間の生活と生涯を静かに描いた短編集です。硬派な1冊、という印象。
ここ数年は本当に、スペリオール発のいい作品が多いなあ。

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以下は次点に回した作品たち。

・『よなよなもしもし』(丸顔めめ)

これも商業BL。奇妙な読み味の短編集ながらBLっぽさも十分に満たしていて、そのへんのバランスがいい作家さんなんだろうなあという気がした。

・『西荻窪ランスルー』(ゆき林檎)

西荻窪ランスルー 1 (ゼノンコミックス)

西荻窪ランスルー 1 (ゼノンコミックス)

 

アニメ制作会社を舞台にした青春群像劇。10年代版「アニメがお仕事!」的な雰囲気がありつつ、王道ラブコメの香りも出てきてにやにやする。

・『谷崎万華鏡』(中村明日美子ほか)

谷崎潤一郎の小説を超豪華執筆陣が自由にマンガ化した作品を集めたアンソロジー。
なにせ豪華である。個人的に谷崎潤一郎に対して思い入れはないんだが、こういう企画がは老舗出版社らしくて素晴らしいなーと思った。

・『世界で一番、俺が〇〇』(水城せとな

世界で一番、俺が〇〇(1) (イブニングKC)

世界で一番、俺が〇〇(1) (イブニングKC)

 

水城さんの新作は「イブニング」連載ということで、青年マンガ!
以前にこの人の作風は青年マンガ的だと語られていたのをどこかで見たことがあったのを思い出す。
まだ1巻ながら、人の嫌~な面を、読んでいて嫌~な思いをさせないように描き出していくのがやはり上手い。続きが楽しみです。

・『僕たちがやりました』(金城宗幸、荒木光)

僕たちがやりました(1) (ヤンマガKCスペシャル)

僕たちがやりました(1) (ヤンマガKCスペシャル)

 

つい続きが気になってしまう展開にずるいと思いつつも読み続けてしまう…と思っていたら、最新刊では展開が終息に向かいそうな感じで少し安堵。

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そんな2016年でした。
今年はもうちょっと頻繁にブログを更新したいです(毎年言ってる)